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ディエゴ・ベラスケスの「マルガリータ王女」
今回は、ウィーン美術史美術館にあるディエゴ・ベラスケスの有名な「マルガリータ王女」です。マルガリータ王女の幼いころの肖像画が3作品あります。それぞれ「バラ色のドレスのマルガリータ王女」「白いドレスのマルガリータ王女」「青いドレスのマルガリータ王女」と呼ばれています。 



ディエゴ・ベラスケス作 「バラ色のドレスのマルガリータ王女」1653-54/ウィーン・美術史美術館



ディエゴ・ベラスケス作 「白いドレスのマルガリータ王女」1656-57/ウィーン・美術史美術館



ディエゴ・ベラスケス作 「青いドレスのマルガリータ王女」1659/ウィーン・美術史美術館



どうですか、どれも可愛いらしい王女の肖像画です。ウィーンの美術史美術館に3点が並んで展示されています。これらの肖像画はマルガリータ王女の成長報告のために、11歳年上の婚約者オーストリア・ハプスブルク家のレオポルト1世へ送られたのです。すくすくと可愛いらしく成長する王女の肖像画が功を奏したのか、1666年、マルガリータ王女が15歳のときにめでたく結婚式が挙行されています。

王女は、スペイン国王フェリペ4世と王妃マリアナの間に生まれています。花婿のレオポルト1世は、マリアナの実弟で王女の叔父にあたります。しかしレオポルト1世の母親はフェリペ4世の妹ですので、マルガリータ王女にとっては従兄でもあるわけです。二人の両親もともに親類同士、オーストリアとスペインのハプスブルク家相互の婚姻であり、両家の計画的な政略結婚が常態化していました。

マルガリータ王女とレオポルト1世の婚姻という、ハプスブルク帝国の絆の一端を担ったのが、これらベラスケスの傑作として名高いマルガリータ王女の3歳、5歳、8歳の肖像画なのです。1623年に国王フェリペ4世付きの宮廷画家になっていたベラスケスは、これらの肖像画を制作したころは晩年期にあたり、8歳の王女を描いた「青いドレスのマルガリータ王女」は、亡くなる1年前になります。

ベラスケスの筆になるマルガリータ王女の肖像画は、他にいくつかありますが、正式に婚約者の肖像画として、神聖ローマ皇帝レオポルド1世に送ったとされるこの3点の肖像画は、晩年のベラスケスが力を注いだ肖像画のまさに傑作と言えるでしょう。ベラスケスの描画テクニックの精髄を観ることができます。

レオポルド1世に嫁いだマルガリータ王女は、6人の子供を授かったのですが、成人にまで成育したのは娘のマリア・アントニア一人で、6人目の子供を死産した後に21歳で亡くなっています。レオポルド1世との短い結婚生活は幸せな生活だったようですが、悲惨な最期だったともいえます。3歳、5歳、8歳の3つの肖像画に描かれた幼い王女は、無垢の可愛らしさそのもので、両親の愛に目いっぱい包まれて育てられたように感じられます。ベラスケスの眼もそのように感じていたのでしょう。

とくに5歳のころの「白いドレスのマルガリータ王女」は、ベラスケス芸術の絶頂期に描かれています。ベラスケスの最高傑作と言われている、あの「ラス・メニーナス」と同じ時期に制作されています。



ディエゴ・ベラスケス作 「ラス・メニーナス」1656/マドリード・プラド美術館


この作品は、マルガリータ王女を中心に女官や召使いたちが取り囲み、画家ベラスケスが、マルガリータ王女の両親の国王フェリペ4世と王妃マリア・アンナ夫妻の肖像画を描いているときの様子を、国王夫妻の視点で画面構成されています。ベラスケスと王女の視線からも、ベラスケスの右後方の大きな鏡に夫妻の姿が映っていることからも、そのことが理解できます。絵の鑑賞者の視点が、国王夫妻の視点と重なっているわけです。

「ラス・メニーナス」はスペイン語で「女官たち」という意味だそうですが、この絵に最初につけられたタイトルは、「ラ・ファミリア(家族)」だったと言われています。マルガリータ王女が召使いたちに、国王夫妻にどれほど深く愛されているかが、この斬新で革新的な名画に表現されています。ベラスケスはこの作品で、一枚の絵画が表現できる限界に挑戦しているかのようです。

「白いドレスのマルガリータ王女」に描かれた5歳の王女は、「ラス・メニーナス」の王女と同じドレスを着用しています。ベラスケスは、ひょっとして王女ひとりの肖像画より、家族みんなに愛されてすくすくと育っている様子を、レオポルト1世に伝えたらと考えていたのかもしれません。「ラス・メニーナス」を制作するきっかけは、案外にそのような発想からでは、と思ってしまいます。




ディエゴ・ベラスケス(Diego Rodríguez de Silva y Velázquez)は、1599年に、スペイン南部のセヴィリアに生まれています。1610年ころ、11歳で後に義父となる画家フランシスコ・パチェーコに弟子入りします。1623年に23歳の若さで、国王フェリペ4世付きの宮廷画家になり、以降30年以上にわたり、国王夫妻や王女始め宮廷の人びとの肖像画や宮殿の装飾画を描きつづけました。1628年にマドリードを外交官として訪れたルーベンスと親交を持ち、画家としての影響を受けています。1629〜31年に第1回のイタリア旅行。1647〜51年に第2回のイタリア旅行中に「鏡のヴィーナス」を制作しています。1656年に傑作「ラス・メニーナス」を制作。サンティアゴ騎士団に加入を許され貴族に叙せられますが、1660年に亡くなります。享年61歳。












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