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ヨハネス・フェルメールの「真珠の首飾りの少女」
 前回に続きフェルメール作品を観てみましょう。前回の「真珠の飾りの少女」と紛らわしい画題ですが、「真珠の飾りの少女」です。



ヨハネス・フェルメール作 「真珠の首飾りの少女」1662-65/ベルリン・国立美術館



この作品も前回作と同時期に、“ベルリン国立美術館展”(6月13日〜9月17日・国立西洋美術館、10月9日〜12月2日・九州国立博物館)で来日しています。フェルメールのふたつの代表的な作品を同時に、日本で鑑賞できる貴重な機会です。とくにこの作品は、マウリッツハイス美術館の「真珠の耳飾りの少女」のようにポピュラーな名声を得ているわけではありませんが、フェルメール・ファンの間では、フェルメールの最高傑作といわれている作品です。

フェルメールは、17世紀オランダ絵画を代表する画家ですが、43年の生涯は短く、現存する絵画も非常に少なく、真筆は30数点といわれています。イタリアではルネサンスの後に、カラヴァッジオを始めとするバロック美術が席巻しますが、オランダにおいては壮大な宗教画の代わりに、一般家庭の居室に飾っておける小さい絵画、とくに風俗画、寓意画、風景画などが流行りました。フェルメールは、それらの絵画の新境地を様々に追求した画家といえます。とくにこの「真珠の首飾りの少女」は風俗画の頂点のひとつといわれています。

フェルメールは光の画家とも、静謐の画家とも、寓意の画家ともいわれ、画面の独創性を追求する、たいへん研究熱心な画家だったようです。前回の「真珠の耳飾りの少女」や、今回のこの作品についても、フェルメールは、同時代の他の画家には見られない独創性を発揮して、現代のわれわれを魅了してやみません。前回の作品では、少女の一瞬の表情を、光の効果によって生き生きと活写して、現代の少女と変わらない、普遍的な人間像を創り上げました。

「真珠の首飾りの少女」のほうはどうでしょう。裕福そうな家庭の少女が、豪華な毛皮飾りの上着を装い、高価な真珠の首飾りを首にかけようと鏡を見ています。画面左の窓から優しい光が、部屋全体を満たしています。薄いベールがかかったような柔らかい光が、画面一杯に広がっています。ここでも椅子の鋲や壺などに、フェルメールの光の点描が見られますが、ここでは手前の道具立てのリアルさを強調するにとどめています。

フェルメールは、部屋の内部を描くのに、説明的なものの配置や描写を極力さけて、少女の気持ちを表すことに集中しているようです。お洒落に夢中になっている少女は、部屋すみずみまでいきわたった柔らかい光のように、クリーミーで幸せに満ちた、昂揚した気分なのでしょう。画面左の鏡や窓の枠も、繊細でリアルに描かれていますが、少女はというと、柔らかいタッチで優しく描かれているのです。フェルメールは同時期に、このようなスタイルの絵を4〜5点残していますが、いちばん素直に感情移入できる作品です。



ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)は、1632年にオランダのデルフトに生まれています。父親は、絹織物職人で、居酒屋兼宿屋、画商も営んでいたようです。1642年に父親が宿屋の「メーヘレン」を購入し、そこに移り住みます。1653年に20歳で結婚、同時にプロテスタントからカソリックに改宗。画家のギルドである聖ルカ組合に加入し、画家として活動しています。翌年には、長女が生まれ、生涯に14人の子どもに恵まれたようです。1662年と1670年に、聖ルカ組合の理事に選出され、画家として評価されていたことをうかがわせます。風俗画家として活躍しますが、寓意画、歴史画、神話画、風景画など幅広く手がけました。1675年に、生活困窮のなかデルフトにて死去します。享年43歳でした。


※おかげさまで、当ブログも今回で100回になります。拙いブログではありますが、たくさんの皆さんにアクセスしていただき、ときにはコメントもいただき、厚くお礼申しあげます。とくにMOLINTIKAのホームページからは、大勢のかたがたから訪問いただいているようで、有り難うございます。101回からももう少し頑張ってみようと思います。よろしくお願いいたします。

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