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ヨハネス・フェルメールの「デルフトの眺望」
 今回はフェルメールの「デルフトの眺望」です。


ヨハネス・フェルメール作 「デルフトの眺望」1660頃/ハーグ・マウリッツハイス美術館


フェルメールの最高傑作ともいわれる作品です。この作品を所蔵するオランダのデン・ハーグにあるマウリッツハイス美術館は、2012年4月から2014年半ばまで拡張改修のため閉館中で、多くの主要作品はハーグ市立美術館に特別展示されています。もちろんこの「デルフトの眺望」やレンブラントの「テュルプ博士の解剖学講義」も展示されています。ただし「真珠の耳飾りの少女」は世界中を巡回していて、昨年の夏に東京都美術館において“マウリッツハイス美術館展”が開催されたときに展示されましたが、現在はニューヨークのようです。

というわけで、一般に人気の高い「真珠の耳飾りの少女」同様に意味で気のある「デルフトの眺望」は、本来のマウリッツハイス美術館ではなくハーグ市立美術館でお目にかかりました。フェルメールの作品としては大きいほうで、96.5×115.7cmです。さらに絵そのもののテーマが、街をひろく眺望する構成のためか圧倒されるようなスケールを感じさせます。

画面の上部5分の3は空と雲の描写が占め、下部5分の2に街の建物群と水辺が横長に展開しています。最上部から垂れこむ暗い雲の下は、青空と白い雲。それを反映してか、建物の遠くは明るく光っていて手前は日陰になっています。空の広がりと街の遠近、運河の水面に映る建物の縦長の影、などが画面の奥行きと広さを演出しています。手前の人物の点描はささやかで、眺望の拡がりをさらに強調しています。

実際に人数がまばらな美術館でこの作品の前に立ち、静かに鑑賞する機会が得られるならば、皆さんもきっとオランダのある街の眺望をひとり占めしたような感想を持たれることと思います。

フェルメールは、大きな空と穏やかな運河の水辺の間に横たわるデルフトの街を、いかにも懐かしく見覚えのある建造物の連なりで描写しています。厳密には建物の配置とか水面に映る影は、画家による修正が加えられているとのことですが、フェルメールはデルフトの街を見た通りに描くことより、彼の心の中にあるデルフトの自然や人びとが生活する街の光景を観る者に強く訴えたかったように思えます。

オランダの空気と空、そして今も残る古い街並みに身を置けば、なおさらこの「デルフトの眺望」の爽やかで清々しい、懐かしさも感じる光景に、皆さんもきっと共鳴されることと思います。

他のフェルメール作品に比して、この「デルフトの眺望」と「真珠の耳飾りの少女」は、異邦人の我々にとっても親しみやすく、素直に感情移入できる作品ではないでしょうか。




ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)は、1632年にオランダのデルフトに生まれています。父親は、絹織物職人で、居酒屋兼宿屋、画商も営んでいたようです。1642年に父親が宿屋の「メーヘレン」を購入し、そこに移り住みます。1653年に20歳で結婚、同時にプロテスタントからカソリックに改宗。画家のギルドである聖ルカ組合に加入し、画家として活動しています。翌年には、長女が生まれ、生涯に14人の子どもに恵まれたようです。1662年と1670年に、聖ルカ組合の理事に選出され、画家として評価されていたことをうかがわせます。風俗画家として活躍しますが、寓意画、歴史画、神話画、風景画など幅広く手がけました。1675年に、生活困窮のなかデルフトにて死去します。享年43歳でした
























カテゴリ:バロック | 20:05 | comments(0) | -
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