<< 叙情画家の名匠コロー | main | ロマン派の巨匠ドラクロワ >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

カテゴリ:- | | - | -
農民画家ミレー

ジャン=フランソワ・ミレー作 「種まく人」1850/ボストン美術館


1849年にミレーはパリのコレラ流行を避けて、郊外のバルビゾンに移住します。以降死ぬまで農業をしながら農民たちを描く農民画家として生活を送っていきました。

移住の翌年のサロンに出品したのが有名な作品「種まく人」です。

夕暮れの逆光を背に、勢いよく種をまく逞しい農民の姿が描かれています。

サロンでは土臭く汚いという批判もありましたが、力強い男性が明日の収穫を願い種をまくというテーマにキリスト教のイエス像を重ね合わせて、賞賛する意見もあったそうです。

ところで「種まく人」はこのボストン美術館にある作品と山梨県立美術館所蔵の作品とふたつあります。

ふたつの作品は構図といい色調といいほとんど瓜ふたつの作品ですが、最近の研究によるとサロンに出品されたのは山梨県立美術館所蔵の「種まく人」ではないかと推測されています。





ジャン=フランソワ・ミレー作 「落穂拾い」1857/パリ・オルセー美術館


どこまでも遠く続く畑を背景に、収穫が終わった後の麦の穂を拾う三人の女の農民が描かれています。

厳しい農民の生活実態がそこに表現されているといわれています。

しかしながら人物の丸みを帯びた形態や、柔らかな光、背景の実りある収穫の光景からは豊かな農村のイメージのほうが強く、ミレーの農民に対する温かい視線を感じます。

この作品は1857年のサロンに出品されましたが、一部の擁護論にもかかわらず、貧困を強調したようなテーマについて激しい非難の声もあったようです。





ジャン=フランソワ・ミレー作 「羊飼いの少女」1862-64/パリ・オルセー美術館


1864年のサロンで一等賞を獲得した作品です。

夕暮れの祈りを捧げているのでしょうか、羊飼いの少女は雲にさえぎられた柔らかい逆光の日の光を背に浴びてたたずんでいます。

ミレーには人物の顔を敢えて隠すような表現をすることがよくあります。とくに逆光よる表現でその人物の固有の顔を隠して、人物像そのものの存在感をより強調しているのではないかと思います。

ここでもまず少女の祈る姿を大切にしています。そして背後に群れる羊たちと雲間から洩れる日の光により、絵にいっそう敬虔な宗教的効果を出しているように感じます。

この時期を前後してミレーの絵はアメリカからの引き合いが多くなり、安定した生活を過ごすようになっていました。




ジャン=フランソワ・ミレー作 「春」1868-73/パリ・オルセー美術館


人物中心の絵を描くミレーにしてはめずらしく人物のいない作品です。

依頼された四季の絵のひとつのようです。雨上がりでしょうか、雲間から射している光が田園の一部と背後の森を明るく照らし、空には虹が出ています。

空にはまだ暗雲が激しく渦巻いているように見えます。

ドラマチックな風景画です。

画面の左側三分の二の部分を照らす強く明るい光は、どこか荘厳で神秘的な宗教性を感じます。

ミレーが描いた風景画ゆえに、超自然的な光景として感じてしまうのでしょうか。

この作品の完成から2年後にミレーはバルビゾンで亡くなります。





《ミレーの生涯》
1814年仏ノルマンディー地方の農村に生まれる。
1832年19歳のとき絵の勉強を始める。
1837年22歳のときパリに出て本格的に絵の修業をする。
1849年パリ南方60キロのバルビゾンへ移住する。
1850年サロンに「種まく人」を出品。
1857年サロンに「落穂拾い」を出品するが、好評と不評に評価が分かれる。
1864年「羊飼いの少女」がサロンで一等賞を獲得。
1867年レジヨン・ドヌール勲章を受章。
1875年バルビゾンにて死去。(享年60歳)
カテゴリ:写実主義 | 23:57 | comments(0) | -
スポンサーサイト
カテゴリ:- | 23:57 | - | -
コメント
コメントする