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神の手を持つ画家ヤン・ファン・エイク(2)
ヤン・ファン・エイクの2回目です。

ヤン・ファン・エイクの名前は、イタリア・ルネサンスの巨匠たちに比して、一般的ではありませんが、ロンドン、ナショナル・ギャラリーの「アルノルフィーニ夫妻の肖像」を思い浮かべてみると、あー、あの絵の作者ですか、と画家の名前より絵のほうが有名かもしれません。

それでは、その有名な名画の「アルノルフィーニ夫妻の肖像」と、これもまたヤン・ファン・エイクの傑作、パリ、ルーヴル美術館の「宰相ロランの聖母」を続けて観ていきましょう。












ヤン・ファン・エイク作 「アルノルフィーニ夫妻の肖像」1434/ロンドン・ナショナル・ギャラリー




当時の裕福なひとたちでしょうか、ちょっと変わった服装の男女が、記念写真よろしく画面に納まっています。現代の私たちから見ると不思議な感じの絵です。謎めいたところがいくつもあって、それがまたこの絵を有名にしていると思います。絵そのものは、精密に描かれ、落ち着いたしっとりした色合いで、柔らかな光に満たされた室内画です。

ジョヴァンニ・アルノルフィーニは、ブルゴーニュ公国のフィリップ善良公に重用された、商人とも銀行家ともいわれるイタリア人で、ヤン・ファン・エイクと親しい人物です。おそらくアルノルフィーニから依頼されて、制作された作品のようですが、単なる夫婦の肖像画とも思えません。いろいろな説がありますが、どうも結婚の記念絵画といえる作品のようです。

ところで、15世紀のネーデルランド絵画の特徴として、油彩技法による精密な写実と、日常的な場面の描写がありますが、もうひとつ、「ヘントの祭壇画」にもみられる“隠された象徴”があります。もちろん、子羊がイエス・キリスト、鳩が聖霊を表していますが、受胎告知の部屋で、洗面道具が聖マリアの純潔を表し、処女懐胎を意味する、といったものまであります。

この“隠された象徴”は、宗教画だけでなく富裕市民階級が注文する絵画に、とくに多く見られます。この作品においても、その象徴を読み解くことによって、この絵が結婚契約書の代わりの、絵画だということが分かります。

新婦が頭に被っている白いレースの飾りは、純潔を表し、緑色の衣服は、献身を表すといった具合です。ただ新婦の衣裳が、まるで妊婦のように、腹部が膨らんでいて、妊娠(あるいは妊娠祈願)を表しているという説もありますが、当時流行のファッション衣服という説もあります。

天井の銅製のシャンデリアには、よく見えませんが、一本の蝋燭しか灯されていません。これは神の目を表していて、神聖なる結婚が行われていることをあらわしているそうです。また、すべてを赤い布で覆われたベッドは、子孫繁栄を表しているそうです。








「アルノルフィーニ夫妻の肖像」(中央の凸鏡の部分)


絵の真ん中、夫妻の間に凸面鏡があります。その鏡には、よく見ると夫妻の後姿の向こうに、こちらを向いた二人の人物、青い服の男と赤い服の男が、見えます。ひとりはこの絵を描いてる画家自身、もうひとりは結婚の立会人といわれています。

当時の結婚は、神父の立会いを必要とせず、二人の成人の立会いだけで成立するので、画家を含む二人が、立会人になっていると考えられます。さらに凸面鏡に上には“ヤン・ファン・エイクここにありき 1434年”とラテン語の記銘があります。これは、画家のサインというより、結婚の立会人としての署名とみられます。

凸面鏡のフレームには、10個の丸い浮彫り、キリストの十字架までの場面が彫られています。この凸面鏡の中に映しだされた場面が、神聖な場面ということでしょう。凸面鏡そのものが、神の目という説もあります。凸面鏡の左には、信仰の証である水晶のロザリオが掛けられています。水晶は、純潔の象徴といわれています。

右に掛けられている箒は、主婦の守護聖人の聖マルタを表しているといわれています。その箒が掛けられている木彫は、ベッドのヘッドボードの柱頭飾りで、妊娠の守護聖人の聖マルガレータが、彫刻されているといわれています。








「アルノルフィーニ夫妻の肖像」(中央部分)


新郎は左手で、新婦の右手の掌を、こちらに向けて握っています。この特別な握り方に、なんらかの意味があるのではと、長年いろいろな議論があったようですが、現在では、新婦の掌をこちらに向けて、手をつなぐのは、明らかに結婚の契約を表すという説が、定着しているそうです。

ヤン・ファン・エイクは、このような手のつなぎ方を意識的にさせた結果、新郎の左腕が右腕に比べて短くなり、不自然な印象が出てしまっているという意見があります。確かに注意して観察してみると、腕が短いのか、腕の折れ方がおかしいのか、とにかく不自然な感じに見えてきます。それほどに、このような手のつなぎ方を重要視したのでしょう。




「アルノルフィーニ夫妻の肖像」(左窓の部分)


窓枠にひとつ、その下のチェストの上に三つの、果物らしきものがあります。オレンジという説とリンゴという説があります。オレンジは、南国の果物で貴重で高価なことから、新郎が資産家であり、イタリア出身であることを表していると、説明されています。

リンゴは、エデンの園の禁断の果実、人間の原罪を表していると、説明されています。このことが、結婚とのかかわりにおいて、どのような意味を持つのか、厳密には分かりません。その点、オレンジ説のほうが、明快な気がします。




「アルノルフィーニ夫妻の肖像」(中央下の部分)


夫婦の間に、可愛い犬がいます。血統正しい犬のようですが、その種類を判別することは、筆者には出来ません。が、毛並みをじつに繊細の描き分けていることに、眼を見張ります。犬は、忠実、誠実の象徴として知られています。また地上の愛も表すそうです。





「アルノルフィーニ夫妻の肖像」(左下の部分)


この新郎のものと思われる木靴や、新婦の赤いサンダル(中央奥)が、脱ぎ捨てられています。これらは、当時の典型的な結婚プレゼントといわれていますが、二人が神聖な場所にいるということを、表しているとも考えられるそうです。



結婚にまつわる“隠された象徴”は、以上のようなものですが、いずれにせよ、ヤン・ファン・エイクは、まじめに夫妻の結婚契約画を、緻密に格調高く描きました。そして柔らかな光に満ちた室内を、厳粛で神聖な空気が占める特別な空間として、描き出したのです。

そして、室内の空間を特別な空気感で満たす画風は、200年後の17世紀のオランダの画家、フェルメールたちに受け継がれているように思います。












ヤン・ファン・エイク作 「宰相ロランの聖母」1435/パリ・ルーヴル美術館





ブルゴーニュ公国のフィリップ善良公の右腕として、40年以上にわたって仕えた、宰相ニコラ・ロランが、故郷のオータンのノートル・ダム・ドュ・シャテル教会の聖セバスチャン礼拝堂の祭壇画として、ヤン・ファン・エイクに依頼し、制作されたものです。

主題は、『聖会話(聖母子とさまざまな時代の聖人たちとの会話の場面)』の形式をとっています。自らを聖人と同一視しているようで、たいへんな自信家、自己顕示欲の強い人のようです。衣服もすこぶる立派なものです。跪くロランに対して、幼子イエスが指を2本立てて、祝福しているか、審判を下しているようすが描かれています。

このような寄進者と聖母マリアとの『聖会話』の絵は、その後イタリアなどでも大流行したそうです。

ニコラ・ロランは、貧しい生まれながらも、教育を受け法律家として大成し、最後はブルゴーニュ公国の名宰相として、出世を遂げた人物です。故郷に錦を飾る意味で、礼拝堂を寄進し、その祭壇画も制作したのです。教会はフランス革命時に倒壊して、絵はルーヴルの所蔵になったそうです。

左に宰相、右に聖母子が位置して、聖母子の頭上には天使が、王冠を掲げて聖母の証を示しています。中央奥は、3つのアーチから柱廊に出て、外の庭園を越えて、左右には街が続き、、ゆったりと蛇行する川、その先には雪をいただく山々を、遠くまで見渡すことができます。

室内の人物描写や、衣服、柱の浮き彫りなど、精密でリアルな表現は、ヤン・ファン・エイクの力量を余すところなく伝えていますが、ここでは、とくに背景になっているの風景に眼を奪われます。風景にいろいろな工夫を凝らしてるようです。












「宰相ロランの聖母」(中央奥の部分)


建物の下には、まず白百合や赤いバラの花が見られます。これらは聖マリアの象徴です。そして二人の男性がいて、ひとりは城壁から下を見下ろし、赤い頭巾の男はその彼を見ています。後者は、ヤン・ファン・エイクといわれています。

画面の中でこの二人の人物は、観るものの視線を、遥か奥の遠景へ誘う、重要な役割を果たしています。二人の先にはアーチ形構造が美しい橋があり、橋の上には人の往来が見られます。その先に、人であふれる渡し舟、城のある小さな川中島が見えます。右手の河岸には、小舟が数多く描かれています。






「宰相ロランの聖母」(右奥背景)


聖母子の背景には、夥しい数のゴシック教会が並び立ち、手前の大聖堂の周辺には、大勢の人びとが、ミサのためにか、群れ集まっているのが見えます。






「宰相ロランの聖母」(左部分)


60歳を越えたといわれるニコラ・ロラン顔は、厳しく敬虔な表情で描かれ、豪華な衣服に包まれています。その奥に、孔雀が2羽、見られます。孔雀は、不死の象徴といわれていました。ニコラ・ロランへの敬意、あるいは長寿祈願を表したのでしょう。また遠くの雪をいただく山々は、高潔な人格を表しているといわれます。

近景には山ふもとの町が描かれています。小さな尖塔の教会が見えます。当時のごく普通の町の風景です。聖母子の背景が、天上の聖なる世界を表しているのに対して、ロランの背景は、地上の俗の世界を表しているといわれます。じつに細やかな配慮、周到な工夫だと思います。












《ヤン・ファン・エイクの生涯》
1387年頃ネーデルランド(ベルギー、オランダ)のリンブルク地方(現オランダ領)に生まれる。
1422年ネーデルランド領内のホラント伯ヨハン・フォン・バイエルンの宮廷画家となる。
1425年当時フランドル地方を支配していたブルゴーニュ公国のフィリップ3世(善良公)の“画家および従者”に任命され、以後寵愛される。
1426年画家の兄フーベルト・ファン・エイクが死去。
1428年フィリップ善良公により外交使節として、スペイン・ポルトガルに派遣される。
1432年「ヘントの祭壇画」が完成する。
1433年結婚する。「ターバンの男の肖像」を制作。
1434年「アルノルフィーニ夫妻の肖像」を制作。
1435年頃「宰相ロランの聖母」を制作。
1441年7月9日フランドルのブルッヘにて死去。(享年54歳)
カテゴリ:ルネサンス | 10:22 | comments(0) | -
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