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ロベール・カンパンの「メローデ祭壇画」
今回は、一転して祭壇画です。祭壇画といっても、大聖堂に見られる大きなものでなく、64×63−27cmという比較的小さくてかわいらしいもので、教会などではなく、私邸の居室や祈祷室に置かれる、いわば自家用の祭壇画です。




ロベール・カンパン作 「メローデ祭壇画」1420-25/ニューヨーク・メトロポリタン美術館





当初、作者名がはっきりせず、「メローデの画家」あるいは「フレマールの画家」と呼ばれていましたが、15世紀のフランドルの画家、今のベルギーの画家、ロベール・カンパンという説が定着しています。

作品は、ニューヨーク・メトロポリタン美術館の分館、クロイスターズ美術館に展示されています。ヨーロッパの中世の修道院などを移築して建てられたクロイスターズ美術館は、マンハッタン島の北部にあり、広大な敷地のなかに復元された、静かな中世の雰囲気に包まれた美術館です。「メローデ祭壇画」は、その中の小さな一室に展示され、約600年の歳月を経ているとは思えないほどに、明るい鮮やかな色彩で輝きを放っています。




【中央パネル】






主題は、聖なる受胎告知です。大天使ガブリエルが、処女マリアに、神の子の懐妊を告げている場面です。この受胎告知という主題は、それまでの宗教画には多く見受けられる主題でしたが、祭壇画のメインのテーマとして扱われるのは、稀なことだそうです。しかも、右翼のパネルに、聖ヨセフつまり聖マリアの夫が、大工仕事をしているさまが描かれ、左翼のパネルには、この祭壇画のスポンサーとおぼしき人物が、堂々と夫婦ともに描かれているのは、非常に珍しいとのことです。

また、多くの受胎告知画と異なるところは、普通の市民の家の部屋の中で、聖なる告知が行われているように描かれていることです。とくにイタリアの宗教画には、見られない環境設定です。そのせいか、われわれにとっても、非常に親近感に満ちた受胎告知の絵になっています。人物の顔の表現、室内の道具や、窓の外の光景も、特に理想化せず写実的に描かれています。

部分的に観みると、室内の様子や調度品、道具類、さらに外の風景が、実に細かく、精緻に描写されています。多くの宗教画と異なり、権威的な感じがなく、素直に絵の細部を楽しむことができます。ただし、その宗教上の象徴的な意味は、隠された形で画面のあちこちに点在しています。そこに、当時のフランドルという地域の生活と、宗教の歴史的な背景が横たわっているのです。





中央パネル(左上部)


大天使ガブリエルの頭上に、丸窓から可愛い赤子のキリストが、十字架を掲げて、聖霊による七条の光線とともに、処女マリアの腹部を目指しているのが、小さく描かれています。ここは、聖なる懐妊を、説明的に図示しているわけですが、実に細かく描写されています。





中央パネル(中央部)


水差しの白百合の花は、壁の奥の白いタオルや、ニッチ(壁がん)の中の真鍮製の水差しとともに、処女マリアの純潔を表しています。

また、燭台の消えた蝋燭は、聖霊の光が神の子と差し込むことにより、地上の火は必要でないことを表し、受胎の事実を表しています。

テーブルの上にある、開きかけの書物は旧約聖書、処女マリアが読んでいる書物は新約聖書といわれています。救世主の出現は、聖書に預言されている事実だとの暗示でしょうか。




【右翼パネル】





右翼のパネルには、聖ヨセフが描かれています。聖ヨセフは、キリストのいわば養父になる人物で、受胎告知の場面でこのように、大きな比重で登場するのは珍しいようです。マタイ福音書では、ヨセフが夢の中で、天使から聖なる受胎を知らされて、マリアと結婚することになっています。そのことを、別室で大工仕事にふけるヨセフを、大きく描くことで表しているのでしょう。




右翼パネル(中央部)


長机の上には、大工道具が散乱していますが、中にネズミ捕り器が置かれています。ヨセフが作ったものでしょうか。悪魔の手先のネズミを退治するという、ヨセフの聖母子を守る役割をあらわしているといえます。




右翼パネル(上部)


窓の張り出しにも、ネズミ捕り器が置かれています。外からの悪魔の進入を防ぐ意味なのでしょうか。外の光景が、事細かに描かれていますが、これは実際に、当時のリエージュ(ベルギー東部の市)の街の様子を描いたといわれています。





【左翼パネル】





左翼パネルには、この祭壇画の注文主、メッヘレン(ブリュッセルとアントウェルペンの間にある、ベルギーの古都)の商人、ペーテル・インリンメッヘルスという人物が、跪いて戸口から聖なる出来事を、覗うさまが描かれています。注文主の後ろに従う、伏目顔の夫人のほうは、エックス線検査にによれば、後から描き加えられようです。





左翼パネル(背景戸口横の人物)



注文主夫妻の間の奥のほうに、第三の人物が描かれています。開かれた門扉の脇に、広つばの帽子を携えて佇む髭面の人物です。主人家あるいは夫人の従者とも、夫妻の結婚の仲介者ともいわれていますが、筆者は、この祭壇画の作者、ロベール・カンパンと思いたいです。しかしながら、このように小さい人物像でありながら、実に細かく、そして精密に筆が行き届いています。

ここばかりではなく、全体に細かい写実的な描写に驚かされます。これは当時、最高峰のレベルといわれた、フランドルにおけるミニアチュール(細密画)の影響があると、美術史の専門家は指摘しています。





ロベール・カンパン(Robert Campin)は、ロベルト・カンピンとも表記され、1375-9年にフランドル(現在のベルギー)に生まれ、1444年に亡くなっています。この「メローデ祭壇画」や、フレマール修道院に収蔵されていた絵画の作者を、「フレマールの画家」として、氏名が特定されずにいた時期がありましたが、長い論争の結果、今日ではカンパンが、その画家であると判定されています。初期ネーデルランド絵画の革新者の一人として、ファン・エイク兄弟とともに、次世代に大きな影響を残しています。弟子のひとりに、ロヒール・ヴァン・デル・ウェイデンがいます。

祭壇画は、キリスト教会において祭壇の背後に飾られる宗教画を指します。縁飾りや浮き彫り画があったり、蝶番などで折りたたむ形式のものもあります。「メローデ祭壇画」は3連祭壇画で、他に2連、多翼祭壇画があります。また、「メローデ祭壇画」は、近年までブリュッセルのメローデ家に所蔵されていたことから、その名で呼ばれているそうです。

クロイスターズ美術館(The Cloisters Museum )は、ニューヨーク・メトロポリタン美術館の分館の名称です。マンハッタン島の北部のフォート・トライオン公園内にあり、中世の宗教建築や一般の住居建築物を復元して、建て直したものです。コレクションとして、9世紀から15世紀のヨーロッパ中世の美術品が、数多く収蔵されています。「メローデ祭壇画」は、その中でも、名品中の名品といえましょう。

ミニアチュール(仏・Miniature 細密画)は、3、4世紀に始まり、写本における彩色画の伝統を受け継ぐ、ヨーロッパ独特の美術ジャンルです。13世紀には、本そのもののサイズが小さくなり、小さな挿絵として、また独立した絵画としても発展します。15世紀には、フランドル地方のミニアチュールが、最高レベルの細部へのこだわりを見せているといわれています。






聖なる宗教画にしては、ほのぼのとした印象を受ける不思議な祭壇画です。明るく美しい色彩と細部の綿密な筆使いを、存分に楽しめます。また、それぞれの隠された象徴も、解説を読み解けばそれなりに、納得したり謎のままだったりと、知的な刺激を与えてくれます。初期ネーデルランド絵画の傑作中の傑作ではないでしょうか。ニューヨークに行かれたら、是非ともクロイスターズ美術館に足を運ばれて、この「メローデ祭壇画」と対面してみてください。一見の価値を感じられることと思います。









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