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パオロ・ヴェロネーゼの「カナの婚礼」

今回の作品は、ルネサンス、ヴェネツィア派の巨匠パオロ・ヴェロネーゼの大作「カナの婚礼」です。 パリのルーヴル美術館にあるこの絵は、あまりにも大きな画面に、たくさんの人びとが描かれていて、それだけでも圧倒され、記憶に残る作品です。







パオロ・ヴェロネーゼ作 「カナの婚礼」1562-63/パリ・ルーヴル美術館




なんと、縦666cm、横990cmの大画面です。大作で有名な、あのダヴィッドの「ナポレオンの戴冠式」より大きく、ルーヴル美術館で最大の絵画だそうです。描かれた人物は、100人以上、130人といわれています。犬や猫も、いきいきと描かれています。ギリシャ風の建築物に囲まれて、明るい日差しの中での婚礼祝宴ですね。中央には、キリストが後光を背に、正面を向いて坐っています。つまり、これは、単なる祝宴画ではなく、宗教画なのです。

新約聖書ヨハネの福音書2章1〜12節に、ガラリアの村カナにおける婚礼祝宴で、キリストが最初に起こした奇跡を描いています。母マリアや弟子たちも招かれていたのですが、祝宴の途中でぶどう酒がなくなり、母がイエスにそのことを伝えたところ、イエスは召使たちに水甕に水を入れさせて、宴会の世話役に持っていかせました。世話役が味見をすると、水は上等のぶどう酒に変わっていたのです。イエスのこの最初の奇跡によって、弟子たちはイエスを信じることになるという話です。

ヴェロネーゼは、1562年に、ヴェネツィアのサン・ジョルジュ・マッジョーレ修道院のベネディクト修道会から、新しい食堂の壁面に飾るための絵を依頼されます。15ヶ月をかけて完成したこの巨大な絵は、評判を呼び、他の修道会からも同様の注文の依頼ががあったそうですが、当時の修道会は、多くの金持ちたちが入会していて、このような贅沢な注文も、それほど稀なことではなかったようです。

当時のイタリアでは、このような祝宴画がよく制作され、宗教画でありながらも、おおらかな風俗画として好まれたそうです。とくにヴェロネーゼは、古代建築を取り入れた安定した構図に、いきいきした場面描写、なかんずく華麗な色彩が、多くの人に愛され、後世の画家たちにも大きな影響を及ぼしました。そしてここでは、注文主の潤沢な財力のおかげで、高価なウルトラマリーンを多用することができ、空の青さや点在する衣服の青が、画面全体の色彩を、いっそう華やかにそして豊かにしています。

この絵は、その後1799年に、ナポレオンによってパリに持ち去られ、1793年に開館したルーヴル美術館に収められたそうです。1815年に略奪した美術品が、イタリアに返還されたときにも、この作品は返されずに、そのまま現在に至っています。そのおかげか、その後のヨーロッパ美術に多大な影響を、この絵はもたらしたそうです。現在ルーヴル美術館では、あの「モナリザ」と同じ部屋で展示されていますので、ご覧になった方も大勢いらっしゃると思います。








「カナの婚礼」中央下部分



祝宴の主座には、キリストが正面を向いて坐っています。聖母マリアが隣に、ほかに弟子たちが同席していますが、この絵の風俗画的な特徴として、注文主の要望に沿い、各国の国王や女王、多くの著名人が加わっていることです。いずれも華麗な服装で、華やかな祝宴を演出しています。なかでも中央の楽団は、ヴェロネーゼ自身を含む、当時の大芸術家たちが登場して、花を添えています。

左のチェロの原型のような弦楽器、ヴィオラ・ダ・ガンバを弾いているのは、ヴェロネーゼです。その右の顔は、やはりヴィオラ・ダ・ガンバを弾く、建築家のアンドレア・パッラーディオ、彼は翌年の1564年に計画された、サン・ジョルジュ・マッジョーレ聖堂の設計をしています。その右の笛は、ヤコボ・バッサーノ、その右は、ヴィオラのティントレット、さらに大きなコントラバスを弾くのは、あのティツィアーノだそうです。






「カナの婚礼」左下部分



さて、この婚礼祝宴の花婿と花嫁はというと、どうやらいちばん左端に坐っているカップルが、そうのようです。とくに彼らの絢爛豪華な服装が目立ちます。花婿が手を伸ばして、受け取ろうとしているぶどう酒が、すでに奇跡によって、水から上等のぶどう酒になったものと思われます。






「カナの婚礼」右下部分



水甕から、奇跡のワインが酒瓶に注ぎこまれています。味見をした後、グラスのぶどう酒を凝視して、感嘆しているのは、サン・ジョルジュ・マッジョーレ修道院の当時の院長、ジローラモ・スクロケットだそうです。手前の水甕にじゃれ付いている猫がいます。まだキリストが起こした奇跡に、誰も気付かず、無邪気に祝宴を楽しんでいる様子を表しているのでしょう。

ぶどう酒の味見をした祝宴の世話役が、この後に、花婿を呼んで、「誰でも始めは良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに、劣ったぶどう酒を出すのですが、あなたは良いぶどう酒を、今まで取って置かれたのですね。」といったと、聖書では記述されています。

ルネサンスの時期では、特にローマから離れたヴェネッツアでは、宗教画もこのように自由な表現で描かれ、画家たちも、その技や、創造力を競ったのでしょう。宗教はそのためのきっかけではあっても、画家が必死になって、描く対象ではなくなっていたのでしょうか。当時の人びとの求めるものが、すでに宗教から離れつつあったに違いありません。






パオロ・ヴェロネーゼ(Paolo Veronese)は、1528年に、ヴェローナの石工の息子として生まれ、成人してからヴェネッツアで活躍した画家です。1588年に亡くなっています。本名をパオロ・カリアーリといいますが、ヴェローナ出身であることからヴェロネーゼといわれました。ティントレットとならぶ、16世紀ヴェネッツア派を代表する画家です。明るい色彩が特徴で、この作品のほかに、大作「レヴィ家の饗宴」があります。

ウルトラマリン(ultramarine)は、顔料の一種で、色としては群青色を指します。天然ウルトラマリンは、ラピスラズリ(lapis lazuliー瑠璃)という鉱石を原料としています。ウルトラマリンは、「海の色を超える青」と誤解されることが多く、本来は「海を越えてきた青」という意味だそうです。ヨーロッパでは、13、4世紀によく使われるようになりましたが、アジアから海路でもたらされた、高価な顔料だったようです。フェルメール・ブルーも、フェルメールがこのウルトラマリンを、効果的に使って有名になりました。






「カナの婚礼」はヴェロネーゼだけでなく、多くの画家が題材にしています。以下にその例を2つ紹介しておきます。

ジオットの「カナの婚礼」


ジオット・ディ・ボンドーネ作 「カナの婚礼」1304-06/パドヴァ・スクロヴェーニ礼拝堂


ジオット(Giotto di Bondone, 1267年頃 - 1337年)は、ゴシック期イタリアの画家、彫刻家、建築家で「西洋絵画の父」といわれています。代表作には、アッシジのサン・フランチェスコ大聖堂の壁画があります。なおこの「カナの婚礼」が描かれている、スクロヴェーニ礼拝堂は、天井いっぱいに青い天空が、あの天然ウルトラマリンで描かれていることでも有名です。



ボスの「カナの婚礼」


ヒエロニムス・ボス作 「カナの婚礼」     /ロッテルダム・ボイニンゲン美術館


前回の「快楽園」の作者、ヒエロニムス・ボスの「カナの婚礼」です。制作年は不明ですが、15世紀末の、ボスの初期に制作された作品のようです。当時のネーデルランドの風俗のままに描かれた婚礼祝宴画ですが、例によって、背景にはさまざまなメタファーが隠されています。またボスは、聖書では名前の明らかでない花婿を、キリストが最も愛したといわれる、福音書の記者のヨハネとして描いているという説があります。




ヴェロネーゼの「カナの婚礼」は、今からおよそ450年前に制作されています。ジオットのは700年前、ボスのは550年ほど前の「カナの婚礼」ですが、3つともそれぞれに、異なる解釈や表現方法で描かれたいます。ヴェロネーゼの生きた時代は、イタリア・ルネサンスの盛りの時で、とくにヴェッツィアという土地柄もあり、宗教に対して開放的な考え方が支配的でした。それに加えて、彼特有の色彩感覚が、おおらかで、明るく色彩豊かな「カナの婚礼」にしていると思います。


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