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ジャン=フランソワ・ミレーの「種まく人」

今回は日本人にとって馴染み深い絵です。ジャン=フランソワ・ミレーの「種まく人」。大変ポピュラーな絵ですが、皆さんそれぞれに、絵の受け取りかたや印象が異なるのではないかと思います。





ジャン=フランソワ・ミレー作 「種まく人」1850/ボストン・ボストン美術館



こちらのボストン美術館の「種まく人」は、2007年10月15日付けの拙ブログで紹介させていただきましたが、農民画家といわれるミレーが、バルビゾンに移住した翌年に制作された作品です。勢いよく畑に種をまく農民が、画面いっぱいに力強く表現されています。農民画としての初期の傑作といわれています。この作品以降、ミレーは数多くの農民画の名作を生み出すことになります。

山梨県立美術館に同名、同構図の「種まく人」がありますが、サロンに出展し入選した「種まく人」は、どうやら、こちらの作品ではないかとのことです。ミレーの重要で歴史的な作品が日本で観られるのですね。






ジャン=フランソワ・ミレー作 「種まく人」1850/甲府・山梨県立美術館



こちらの「種まく人」は、さらに荒々しく、勢いのある作品です。運動感があふれています。サロンにおいては、泥臭く汚いと批判を受けたりしましたが、大方は農民の生活をよく描いているとの評判を得たようです。

斜面を下りながら、大股で歩を進める姿はスピード感があり、上半身は逆光の中で、三角形のがっしりした農夫の体躯が、見てとれます。生産に携わる人間の崇高な姿を感じさせます。この絵の精神的な背景として、キリスト教の聖書の一節が指摘されています。

新約聖書のマタイによる福音書、第13章に記述されている箇所を、実際のバルビゾンの農耕の情景に取材して、イメージ化しているように思われます。人びとに対して神の言葉を、種まく農夫のようにまく。あらゆる人びとに言葉を伝えるイエスの姿と、畑のいたるところに種をまく農夫の姿をダブらせているわけです。しかし、“種まきのたとえ”といわれる、この聖書の教えでは、われわれは多くの実を結ぶよい土地でなくてはならないとされています。

「種まく人」を図案化してシンボルにしている出版社があります。夏目漱石全集や学術書で有名な岩波書店です。創業者の岩波茂雄氏が長野県諏訪の篤農家の出身であることから、社のマークに採用したそうです。実際のデザインは、ミレーの絵を高村光太郎がエッチングで再現したものだそうです。こちらは、知識・情報を広く世に発信するという、出版社の使命感を表わしているのでしょうか。



さて、この「種まく人」は、あのゴッホにも強烈な印象を与えたようです。ゴッホが描く「種まく人」があります。



フィンセント・ファン・ゴッホ作 「種まく人」1888/オランダ・クレラー=ミュラー美術館



ゴッホが、南仏・アルルに滞在した時期の作品です。強烈な夕陽を背景に、農夫が種をまいています。遠くに見える黄金色の穂波も、手前の耕された畑も、沸き立つような筆致と色彩で描かれています。農夫は、ミレーが描く農夫のように、力いっぱい種をまいています。農夫の動作は、鮮やかな太陽の光りに負けないくらいに、生命力に満ちています。

ゴッホはミレーの「種まく人」のエッチングを所有していて、日ごろから色彩のある「種まく人」を描きたいといっていたそうです。そして実現したのが、この鮮やかで、強烈な色彩に満ちた「種まく人」だったのです。聖書の一節を承知していたゴッホは、畑の比重を大きくしているように思います。また、アルルの陽光も強く意識しています。ミレーの絵に比して、明るく、力強い光りが支配する、ゴッホ独特のイメージ世界になっています。




ジャン=フランソワ・ミレー作 エッチング「種まく人」1851


こちらが、ゴッホが所有していたエッチング作品と同じものと思われます。力強く種をまく農夫のかたちは、そのままゴッホの「種まく人」に生かされていますが、強烈な太陽と、輝きに満ちた畑の畝々の盛り上がりはゴッホの創作によるものです。





ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)は、1814年にフランス北西部のノルマンディー地方のグリュシーという小さい村で、農民で敬虔なカトリック教徒の家庭に生まれ、1875年にパリ郊外のバルビゾンにおいて、60歳で亡くなっています。19歳のときに、生まれ故郷の近くの街シェルブールで絵の修業をはじめ、22歳のときにパリに出て、アカデニスムの大家に師事し、本格的に画家として活動します。1849年のパリでコレラが流行したため、バルビゾンへ移住します。以後、「種まく人」をはじめ「晩鐘」「落穂ひろい」などの、数々の有名な農民画を描きます。1864年には「羊飼いの少女」がサロンの一等賞を獲得し、1867年にレジョン・ドヌール勲章を受賞します。





カテゴリ:写実主義 | 10:48 | comments(2) | -
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コメント
7/21は私の誕生日ですので、一年前の質問ですが、何かの縁かと、投句させてもらいました。
山本おさむ氏の「そばもん18」にミレーの絵について解説されています。それによると、ミレーの生まれ育った地方では、小麦の栽培できる北限を越えているので、農夫の撒いている実は、「蕎麦」と解釈する説があるとのことです。又、ミレーの絵に「蕎麦の収穫」と題した絵もあるそうです。詳しいことは、コミックですが、「そばもん18」をご覧ください。
| スワッチ | 2015/09/04 4:51 PM |
本筋をはずれた質問をさせていただきます。申し訳ありません。

90歳になる父がこの絵をみてこの時代のフランスでは種まきをを実際にこんな風にしていたのだろうかと疑問を抱いております。農業大国のフランスでこの時代にこんな
おおざっぱに種を播いていたのだろうかというのです。

種を蒔く農夫のダイナミックな姿勢が絵の魅力の一つと思われるのですが父にはそちらの方が気になるようです。

イネと違って小麦はそもそも直播するものなのかもしれませんし、絵画自体聖書の教えを表しているため実際の農作業とはちがっているとは思います。しかし実際とそうかけ離れているとも考えにくいのです。

絵画にも農業にもあまり詳しくないのでもし教えていただければ幸甚です。


| みっちゃん | 2014/07/21 8:29 PM |
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