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ピエール=オーギュスト・ルノワールの「アンリオ夫人」
 
今回は、昨年に続き今年も日本にお目見えした、ピエール=オーギュスト・ルノワールの「アンリオ夫人」です。現在、東京・六本木の国立新美術館のおいて開催されている『ワシントン ナショナル・ギャラリー展』に出品されています。



ピエール=オーギュスト・ルノワール作 「アンリオ夫人」1876頃/ワシントン・ナショナル・ギャラリー



こちらを見つめる黒く大きな瞳、ピンク色の柔らかな美しい顔立ちと肢体、背景に溶け込むような透明の光に満ちた白いイヴニングドレス、首の白色のチョーカーは優しくモデルの端正な顔を強調しています。観るものを魅了する美しい顔を除いて、モデルの身体は立体感を感じさせず、淡いパステル調の心地よい背景と同化しています。レオナルド・ダ・ヴィンチ以来の伝統的な肖像画のポーズをとる、この美しい貴婦人は、ルノワールにとって理想の美女なのでしょう。

「アンリオ夫人」というタイトルが示すように、このモデルは、いずれか名のあるブルジョワ階級の夫人ではと筆者は思っていましたが、モデルは意外にも年若い舞台女優、アンリエット・アンリオ(1857-1944)という、オデオン座の駆け出しの舞台女優でした。1879年のサロンに出品した「シャルパンティエ夫人と子どもたち」が絶賛を浴びて以降、ルノワールは多くの肖像画の注文を受けることになりますが、それ以前は親しいひとや、身近な人をモデルに人物画を制作していました。この作品もそのひとつです。

ルノワールは、このモデルを大変気に入ったようで、11点の作品があるそうです。なかでもこの作品は、アンリエットも相当な気に入りで、彼女自身が所有していた唯一の作品とされています。ルノワールに肖像画をねだったのかもしれません。ルノワールも、精一杯ルノワール流の理想化を施してこの作品が生まれたのでしょうが、さすがにルノワールですね、愛らしい少女を描かせたら超一流の美意識と技術の持ち主です。洋の東西、時代を超えた普遍性のある美女に仕上がっているように思います。





ピエール=オーギュスト・ルノワール作 「踊り子」1874/ワシントン・ナショナル・ギャラリー



『ワシントン ナショナル・ギャラリー展』において、「アンリオ夫人」の隣に展示されている作品がこの「踊り子」です。「アンリオ夫人」より2年ほど前に制作され、第一回印象派美術展に出品された7点の作品のひとつとして名高い作品です。この作品のサイズは、142.5×94.5cmで、「アンリオ夫人」(65.9×49.8cm)よりずっと大きな作品です。それこそルノアールが、印象派運動の是非を世に問うべく、力を入れて制作した作品なのでしょう。

あどけなさの残る少女が、バレエ衣装でポーズをとり、少し不安げな眼差しをこちらに向けています。余計なものを排除して、中央に全身像のみを配した構図は、当時でも決して新しいものではありませんが、少女の踊り子を主題にした点、そして何よりもその人物と背景が溶け込みように柔らかいタッチで描かれている点が、印象派画家としてのルノワールの主張するところのように思います。前作同様、ポーズをとる踊り子の肉体的な実感よりも、ふわふわとした衣装の表現に苦心の様子がうかがわれます。

この少女のモデルが、「アンリオ夫人」と同じアンリエット・アンリオです。2年くらいの時の経過で、少女から大人の女性へと大きく変貌しています。「アンリオ夫人」が描かれた時に、アンリエットは19歳だったそうです。いずれの作品もルノワールの想像の眼と、創造の技が発揮された傑作ですね。





ピエール=オーギュスト・ルノワール (Pierre-Auguste Renoir)は、1841年にフランスの中西部のリモージュという陶磁器で有名な町で、貧しい仕立て職人の子として生まれ、1919年にパリ西部のシャンパーニュ地方のエッソワで亡くなっています。享年78歳でした。13歳で陶磁器の絵付け職人の見習いになり、やがて本格的にエコール・デ・ボザールで学ぶとともに、シャルル・グレールの画塾でモネ、バジール、シスレーと知り合います。サロンに出品したり、仲間と新しいグループを結成して印象派展に参加します。やがて画家として成功しますが、印象主義に疑問をもち、1881年にイタリア旅行をして、古典絵画を学び直します。一時的に硬い輪郭と渋い色彩の絵になりますが、やがて彼らしい柔らかい、明るい、暖かい色のタッチにもどり、少女たちや家族を描くようになります。大家として安定した評価を受け、レジョン・ド・ヌール勲章を受賞します。そして晩年期には、ルノワール独特の、赤いタッチの豊満な裸婦とバラの花が生み出されます。


カテゴリ:印象派 | 10:33 | comments(0) | -
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